AIが書いた文章を「私の記事」に変えたもの
上手な文章より、自分にしか語れない具体的な体験を
上手な文章より、自分にしか語れない具体的な体験を私は、毎日のようにAIと対話しながら、stand.fmの台本やnote、Substackの記事を書いています。
以前の私なら、一つの記事を書くために、何時間もパソコンの前で悩んでいたと思います。
何から書けばいいのか。
どういう順番で書けばいいのか。
タイトルはどうするのか。
考えているうちに時間だけが過ぎて、結局書けないこともありました。
今は、思いついたことをAIに話します。
きれいな文章でなくても構いません。
「こんなことを書きたい」
「こんな経験があった」
「この言葉が心に残った」
それくらいの短い言葉から始めています。
するとAIが、話した内容を整理して、記事の形にしてくれます。
しかし最近、改めて気づいたことがあります。
AIが文章を作ってくれただけでは、まだ「私の記事」にはなっていないのです。
最初に伝えたのは、短い一言だった
先日、私はAIにこう伝えました。
「初心に帰り、初めてstand.fmに挑戦したときのエピソードを記事にしたいです」
続けて、
「初めて誘導瞑想をグループの皆さんに実践して、それまでコンプレックスを感じていた自分の声に高評価を得て、自信が出て、次の日からstand.fmに挑戦しました」
と話しました。
これだけでも、AIは一つの記事にまとめてくれます。
文章としては読みやすく、話の流れも整っていました。
しかし、読んでみると、どこか物足りませんでした。
間違っているわけではありません。
きれいにまとまっています。
それでも、まだ私自身の体験の深さが十分に入っていなかったのです。
「声にコンプレックスがあった」だけでは伝わらない
私は、もう少し詳しくAIに伝えました。
自分の声にコンプレックスを持っていたのには、理由があります。
私は、がんの手術で下あごの右半分と、舌の右側の一部を切除しました。
右下の唇を動かす筋肉もなくなりました。
その影響で、今でも発音しづらい文字の組み合わせがあります。
stand.fmを収録していて、うまく発音できなかったときには、同じ部分を何度も録り直しています。
さらに、手術前は得意だった口笛も、吹けなくなりました。
ここまで伝えると、記事は大きく変わりました。
単に、
「自分の声に自信がなかった人が、褒められて音声配信を始めた」
という話ではなくなりました。
手術によって話すことに苦労するようになった私が、それでも自分の声で発信しようとした物語になったのです。
「声にコンプレックスがありました」
この一文だけでも、意味は伝わります。
しかし、
「得意だった口笛が吹けなくなりました」
という具体的な事実が加わると、読者が感じるものは変わります。
口笛が吹けないこと自体は、生活に大きな支障を与えるものではないかもしれません。
けれど、以前は当たり前にできたことが、できなくなった。
その寂しさは、具体的な体験だからこそ伝わります。
心が動いた言葉も伝えた
私は、誘導瞑想を実践したあとにいただいた言葉についても、AIに伝えました。
「とても癒されました」
「深く入れました」
「魂の声が聞こえました」
この三つの言葉です。
最初に「高評価を得ました」と伝えただけでは、ここまでの感動は表現できません。
何を言われたのか。
その言葉を聞いて、自分がどう感じたのか。
なぜ、その翌日からstand.fmを始めようと思ったのか。
そこまで伝えて初めて、私の中に起きた変化が記事になりました。
「高評価を得た」は情報です。
しかし、
「魂の声が聞こえました、と言ってもらった」
という言葉には、そのときの空気や感情が残っています。
人の心を動かすのは、きれいにまとめられた情報よりも、こうした具体的な言葉なのかもしれません。
AIは、知らないことまでは書けない
AIは、とても優秀です。
文章の構成を考えてくれます。
分かりにくい部分を整理してくれます。
タイトルも提案してくれます。
同じ表現が続けば、別の言い方に変えてくれます。
しかし、AIは私の手術を経験していません。
発音できずに何度も録り直したときの悔しさも知りません。
口笛を吹こうとして、音が出なかったときの寂しさも知りません。
「魂の声が聞こえました」と言われたときの感激も、私が伝えなければ分かりません。
AIに足りないのは、文章力ではありません。
私の人生です。
そして、私に足りないのは、体験ではありません。
自分の中にある体験を、読者に伝わる形に整える力です。
だから、私とAIは補い合うことができます。
私が体験や感情を出す。
AIが順番を整理する。
文章を読んで、違和感があれば、また自分の言葉を足す。
この繰り返しによって、AIが作った文章が、少しずつ「私の記事」になっていきます。
AIに任せすぎると、自分の声が消えていく
AIに、
「人生後半の挑戦について、感動的な記事を書いてください」
と頼めば、それらしい記事はすぐにできます。
読みやすく、きれいで、前向きな文章になるでしょう。
しかし、そこに自分の体験がなければ、誰が書いても同じような記事になります。
私は、AIを使うこと自体が問題なのではないと思っています。
大切なのは、AIに何を渡すかです。
一般論だけを渡せば、一般的な文章が返ってきます。
自分の体験を渡せば、自分にしか書けない記事に近づいていきます。
AI時代だからこそ、価値が高くなるのは、自分が実際に見たこと、聞いたこと、感じたことではないでしょうか。
失敗した話。
恥ずかしかった話。
うまくいかなかった話。
誰かに言われて救われた一言。
自分では大したことがないと思っている出来事の中に、その人にしか書けないものがあります。
上手に質問できなくても大丈夫
私は、AIを使うために、最初から完璧なプロンプトを書く必要はないと思っています。
「こんなことを書きたい」
最初は、それだけでもいいのです。
AIから返ってきた文章を読みながら、
「ここが少し違う」
「この出来事も入れたい」
「本当は、こんな気持ちだった」
と付け加えていけばいい。
一回で完成させようとしなくても構いません。
人との会話でも、最初から自分の気持ちをすべて話せるとは限りません。
話しているうちに、
「そういえば、こんなこともあった」
と思い出すことがあります。
AIとの対話も同じです。
今回の私も、最初からすべてを伝えたわけではありませんでした。
声のコンプレックス。
手術の影響。
発音の苦労。
録り直していること。
吹けなくなった口笛。
そして、皆さんからいただいた言葉。
一つずつ思い出しながら足していきました。
AIとの対話によって、記事を作っただけではありません。
自分の体験を、もう一度深く見つめ直すことができたのです。
今日、AIに一つだけ話してみる
発信したいけれど、何を書けばいいのか分からない。
自分には特別な経験がない。
そう思っている方は、今日あったことを一つだけAIに話してみてください。
そして、次の四つを付け加えてみてください。
何が起きたのか
そのとき、どう感じたのか
今でも覚えている具体的な言葉は何か
その経験から、何に気づいたのか
きれいにまとめる必要はありません。
順番がバラバラでも大丈夫です。
まずは、自分の中にあるものを外へ出す。
整理するのは、そのあとAIと一緒にやればいいのです。
AIは代筆者ではなく、人生の編集相棒
AIに記事を書いてもらう。
そう聞くと、AIが全部書き、人間は何もしないように思われるかもしれません。
しかし、私が目指している使い方は違います。
AIに人生を作ってもらうことはできません。
私の代わりに、手術を経験してもらうこともできません。
私の代わりに、悔しさや感激を感じてもらうこともできません。
それでも、私の中にある言葉にならない思いを整理し、読者へ届く形にする手伝いはしてくれます。
AIは、私の代わりに語る存在ではありません。
私自身の声を見つけるための相棒です。
上手な文章を書くことだけが、発信ではありません。
自分にしか語れない体験を、自分の言葉で届ける。
そのためにAIの力を借りる。
人生経験をたくさん持っている人生後半世代にとって、AIは最高の編集相棒になってくれると、私は思っています。
――へろっさん
人生後半世代のワクワク挑戦ナビゲーター
毎週火曜日は、人生後半世代のAI活用と発信について書いています。
AIを使えば、文章が上手でなくても、自分の経験を誰かへ届けられる時代になりました。大切なのは、うまく書くことより、自分にしか語れないものをAIに話してみることです。
よろしければ無料登録して、次の火曜日も一緒にAIとの新しい付き合い方を考えていきましょう。



そうですね。
個人の体験はマニアック過ぎてネットやLLMの辞書に載っていないですからね。
私は書きぶりの添削だけしてもらっています。